1974年 岐阜県生まれ
愛知県在住
0歳と3歳の時に喘息の発作にかかる
2023年現在 48歳 アトピー歴40年以上
現在の治療
現在、デュピクセントをベースとした保湿ケア中心に、部分悪化部のみ、軟膏などの塗布薬にて初期対応し、食生活と運動、環境整備にてコントロールをしています。
現在の課題は「睡眠」と「生活のリズム調整」
2020/08 デュピクセントによる全身療法を開始
2021/04 顔の赤みが広がった為、オルミエントに変更
2021/10 TARC上昇につき リンヴォックに変更
2022/02 デュピクセントに戻る(二次無効の症状は無し)
仕事・ライフワークについて
仕事は、フリーランスで、企業に対し集客やコンサルタントをしています。個人の事業活動とは別に、アトピーの人に対する支援として、ブログやSNS、YouTubeの配信を行いながら、「atomo アトモ オープン コミュニティー」の初期メンバーとして参画
2023年11月より、「アトピー治療 新薬ユーザーの会」を発足。現在に至る。
私のスタンス・大事にしている事
賛同・共感・応援だけをする
私の考え方とは合わないものでも、それが他のアトピー患者さんのためになるものであれば、紹介をする
他人の治療方法や考え方に関して、一切の否定的な発言をしない
完結した情報だけでなく、わからないものを、わからない部分として掲載する場合もあり
辛い苦労をした患者当人ではあるが、専門家の意見も聞く耳をちゃんと持つ
医療は確立論だと捉え、正解の時もあれば、正解が変わることもある
成功の確率が高いもので、自分の状況に合わせた治療を進めることが大事
他人と比べて、無駄に消耗しない
笑って暮らす
今まで我慢してきて、できなかったこと、悔しかったこと、あきらめた事を、少しでも叶える
面白いこと、楽しいことの方に自分から寄っていく
今解決しない問題に時間をかけない
自分と自分の半径5m以内の人を大事にする
嫌なことがあったらつぶやくオマジナイ「この私は私かな?」
職歴として
- プログラマー・システムエンジニア(マイクロソフト認定技術者取得)
- 有料老人ホーム 施設長(現 SOMPOホールディングス SOMPOの宿)名古屋地区2施設歴任
- 静岡県の整体院・リラクゼーション施設・ヨガスタジオ・温浴施設運営会社の企画部署
- 独立起業後、委託にて
- パソコン教室インストラクター(パソコン検定1級取得済み)
- 自動車輸出 (古物商取得済み)(実績:カービュー代行 タンザニア・ウガンダ・ケニア・ジンバブエ)
- 介護健康系の教材出版とブログ活動のため、出版業開始
- ヤマダ電機・K‘s電機 の東海地域のアフターサポート会社 カスタマーセンターにて、訪問CSサポートに従事 対応件数 2016年2位 2017年1位(第二種電気工事士取得済み)
【コロナ禍による 訪問作業停止と、修理部品の半導体不足による影響を受け転業】
現在
- 名古屋の結婚相談所のWebコンサルタントとして業務委託契約(SNS運用・HP作成サーバー管理・Webマーケ広告・折込広告などの制作)など
- 個人の活動として今回、アトピー治療 を 新薬を使っている人の団体として 『アトピー治療新薬ユーザーの会』を立ち上げ
幼少期から「この子は サメ肌だね」と言われ、カサカサした粉のふいた肌をしていた
年中、四肢関節部分や、陰部に湿疹が出ていて、知り合いの看護師さんの勧めで、市民病院の軟膏を母親に塗ってもらっていた。
後にそれは「ステロイド軟膏」だとわかり、私は一桁の年齢の時から、ステロイドによる治療をしていたとわかる。
当時ステロイドは「魔法の薬」として処方され「アトピーならこれを塗っておけば治る」と言われていました。
思春期でもある中学生になった事で、初めて「肌」のことを悩むようになる
学生服(学ラン)の肩に、頭部からの落雪が目立ち、私の中学は男性は坊主頭にする校則があったため、頭皮の湿疹が目立つ状態になり、不潔に思われたり、それを気にするようになる。
常に肩を払う動作がクセになり、自分の後ろに人が来ることが嫌
顔に「ニキビ」が出るようになったが、同時に足(太もも)にも湿疹が出始めた。幼少期の時から出ていた膝や肘の内側の痒みやボロボロもだんだん広くなってきたことから、本格的に皮膚科にかかることになる。
近所の皮膚科には定期的に通いながらも、体全体の乾燥と落雪・全身の痒みあり。高校の部活や体育の更衣時、粉が舞う状況を隠すのが必死だった。
大学に進学するも、アトピーが年々ひどくなる。なんとか就職するも・・・
夜眠れなくなり、朝からの授業に出られなくなる。成人式はなんとか出席できるも、その夜の飲み会を期に大悪化。大学はギリギリの単位取得で大学は卒業。
就職活動はうまくいき、大手OA機器会社の営業に採用されるも、入社3日にして、朝起き上がれず。この段階で、全身の皮はめくれ、滲出液が服について体に張り付き、着替えや入浴だけで3時間かかるようになる。
半年間の休職になる。しばらくは自宅療養するも、感染症になり緊急入院。退院後自宅療養の後、社会復帰するも、再度悪化の傾向があり、外回りの営業職困難となり退職。自宅で療養するも昇降状態のため、漢方治療のため「岐阜県立下呂温泉病院」の漢方治療のため、2回目の入院をすることになる。
漢方による入院治療はなかなか効果が出ず2ヶ月になる頃、同じアトピーの看護師さんの勧めで別の病院の治療を勧められ、その効果を感じたことで、治療方針を転換。病院は退院。新しい投薬による治療のため、自宅から名古屋市内の施設で治療を通院で受ける。
体調回復に伴い、大学の恩師の案内により、内勤業であるシステム開発会社のプログラミングの仕事を紹介頂き就職。体調も安定し定期的に通院しながら一時期寛解。
しかし、5年ほど経過しアトピーが一気に悪化。客先からの容姿の指摘や、不眠による仕事への影響もあり休職し入院をすることになる。場所は「高知県 土佐清水病院」丹羽アトピー療法。
入院期間は1ヶ月。退院後、体調も安定するが、軟膏療法と抗ヒスタミン剤による治療が中心。
不定期に土佐清水系の名古屋治療院(保険非適用)に通いながら、普段の通院は近所の皮膚科の保険診療にも通う。
悪化と寛解を繰り返しながら生活するも、2020年夏の苦痛
突然、顔と頭部の1部が、ムーンフェイス状に腫れ上がり、高熱発症。
当時、コロナウィルスによる混乱もあり、総合病院での検査の結果、アトピーの傷から細菌感染による影響だろうと診断。
それを機に、デュピクセントの治療に入ることになる。
以下の治療状況などは、YouTubeにて発信しています。
私の過去 発症・闘病記
第一話 多感な中高生時代 悩みは学ランの肩元に落ちる頭からの粉