私はアトピーブログを始めたのはもう3年以上に前なり、そのころからよく他のサイトで「アトピーが治った」とか「アトピーの完治」という言葉をよく聞いた。
今でも、そういう事をうたう商品や広告をよくみる。そして毎回、とても違和感を感じます。
私と同じ思いをしている人も多いと思うので、今回はその思いを深堀りしました。
アトピーが完治したという文章への違和感
私は「アトピーの完治」というのを信じていない訳ではない。アトピーで痒い思いを、1秒でもしたくない。その思いは変わらないので、「完治」という言葉には、心を踊らされる。
「アトピーが治った」「アトピーとさようなら」
そのようなキャッチコピーや発言は、私たちアトピー患者にとって期待の星である。
新しい治療法、新しいお薬、新しいお医者さん、新しい本が出るたびに注目し、これ、どこで買えるんだろう、これどこ行けば治療してもらえるだろう。
時間とお金と手間をかけ、私たちは毎日アトピーを背負い、生活しているので、この苦しみから解放されるためなら、何でもする!と一度は思ったことがあると思う。
ゆえに、その「治った!」と言っているものをやってみて、とてもガッカリする事も多い。治らないからだ。
期待していた分、裏切られた感がつのる。まただまされたのか?
人それぞれのアトピーの完治がある
その広告主は、だますつもりも、いい加減な事を言うつもりなかっただろう(だと信じたい)
でも、「アトピービジネス」という言葉さえもあり、高額な商品や治療用具の販売、健康相談、施術など、疑わしい商売が山のようにある。
私たちアトピーは、本当に苦しんでいるので、それについ飛びついてしまう。ワラおも掴む思いとは、この事だ。
やっては効かず・・・やっては治らず・・・アトピーのあるあるだ。
私が思うに、売る側の肩をもつわけではないが、売る側と買う側の「アトピーが治った」は、種類が違うのではないか。
私は40年以上前からアトピーだが、
”うちの商品の「完治」とは、こういうことです!!” と書いてある商品を見たことが無い。
そしてそれとは逆に「この商品の効果には、個人差があります」という文字が、目がかすむほどの細かさで書いてある。施術や治療、コンサル・カウンセリングでもそうだ。
個人差がある事は当然わかっています。効いていた治療や方法でも、時期や環境が変わる事で簡単に悪くなるし、食べ物や運動にどれだけ気を付けていても、嫌な上司との仕事は痒くなり悪化する。
内的な要因も、外的な要因も、とても敏感だ。
その商品やサービスで「本当にアトピーが治った!」とうたった商品はきっと、そういう事例が一個くらいはあったのあろう。しかし、私の思っている期待以上のものなら、私のアトピーはもう治っていて、こんなブログなど書いていないだろう。
愚痴っぽくなったが、「完治」の意味する範囲は、人によって違う。その認識の差が大きいほど「だまされた」と思うので「完治」と言わないでほしい。過大広告はよくない。
「緩和」で良いのではないか。変に期待しなくて、それくらいがいい。
自分がどこを目指すのか、アトピーの「完治」の定義を決める
私の、アトピーの完治の定義は、
・何のケアもしない
・薬を使わない
・何食べてもOK
・寝不足でもOK
・運動不足でもOK
・肌に痒みも、ボロボロカサカサもない状態
とした。では現代にそんな人、居ますか?
普通の人でも、冬になれば乾燥する。花粉の時期になれば、クシャミくらいする。埃っぽい所や、汗をかいたあとには、少しは痒くなる。
寝不足では調子悪くなるし、好きなものだけ食べていれば、生活習慣病にもなる。
さんざん、身体に悪い事していて、「完治」なんてあり得るのか・・・?
健康に気を付けて食べる食材にこだわっている!と言えど、そのこだわりの食材の生育環境は、大気汚染と農薬の土壌汚染。
有機栽培のその有機肥料の原材料の「牛のふん」。その牛が食べていたエサは、遺伝子組み換えされたトウモロコシだ。
もうそうなれば、完全な食べ物など、地球上にない。
ここまで書くと、大げさになるが、私はこんな時代やこんな世界だから、
私の生活する環境で、私の出来る治療の範囲で、コントロールできるアトピーのレベルを目指したい。
それは本当の完治ではない。でも、それくらいのレベルで暮せれれば、きっと幸せだと思う。
私の幸せのレベルは、そんなに高くなくて「普通」を求めている。必要以上の「完治」を求めると、何もできなくなる。
甘いものも食べたい。お酒も飲みたい。ちょっとくらい、夜更かしも、朝寝坊もあり!
みんなでご飯食べに行く時に、「揚げ物の油は、身体に悪いから」って言わず、みんなと笑って食べたいのだ。
あなたはどうですか?
アトピーの完治とは、何ですか?
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